
山陰の地元紙「山陰中央新報」の日曜1面のコラム「羅針盤」の執筆を、タルマーリー渡邉格が担当しております!藤原辰史さん、内山節さん、片山善博さんなど、8名の著名人で順番に執筆、2カ月に1回くらい登場します。
第4回2022年4月掲載のコラムを、以下に転記します♪(第3回はこちら)
そして第5回目は2022年6月19日(日)に掲載されますので、「山陰中央新報」購読者の皆さん、ぜひ紙面をチェックしてくださいね。
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2022年4月掲載
<羅針盤> 冬の一斉休暇 菌の声聴き働き方改善
タルマーリー・オーナーシェフ 渡邉格
5年前、私はパン作りの仕事を弟子に譲り、ビール職人となった。あの頃はビールを仕込む度に、信じられないほどマズい味になるので、作ることに恐怖を覚えた。何が悪いのかを探るため、純粋培養菌を使う一般的なビール作りの教科書を読んで研究したが、それでも味が劇的に変わることはなかった。
そこで現実逃避したくなり、しばらく仕込みをやめた。そうして半年ほど経ったとき、あの不味いビールを捨ててしまおうか決断するために、恐る恐る試飲してみた。すると…、
「なんと!美味しくなっている!」
驚いた。野生の菌は教科書通りにはいかないけれど、発酵後の「熟成」が重要なのかもしれない。自分がいつの間にか、菌との対話を怠り、常識に流されていたことに気づいた。
ビール業界の常識は、資本主義社会の発展と共に変化してきたのだと思う。つまり、いかに早く作って大量に売るかという経済合理性の追求だ。ビールの製法も、発酵力の強い菌を選抜して使い、完成までの時間を早めていった。そして「ビールはできたてが美味しい」という価値観がいつのまにか常識になっていった。
これは近代以降に設計された多くのモノ作りに共通している。しかし野生の菌を使う前近代的なビール作りでは、「熟成」を念頭に置いた設計をしなければならなかったのだ。
それに気づいた私は、ビールは鮮度ではなく、「熟成が命!」という自作のキャッチコピー掲げるようになった。やっと自分なりのビール作りができるようになってきた今では、少なくとも半年以上は熟成させてから出荷するようにしている。
私はせっかちで、何ごとも白黒つけたいと思いがちだ。早く答えを出してしまえば、もうそれ以上考える必要がないから楽なのだ。しかし野生の菌による発酵に携わるようになってから、なかなか白黒つけられない曖昧な現象にばかり向きあうことになった。
例えばパンやビールに使う原材料は「有機栽培」の認証がついた食材を選べば間違いないと思っていたけれど、有機農産物は腐りやすいという現実にぶちあたった。ラベルの謳い文句や認証マークに頼れば素材選びは楽なのだけれど、きちんと菌の声を聴き、農家と信頼関係を築き、肥料や農薬をなるべく使わない栽培を続けてもらうことで、やっと最良の素材が手に入るようになるのだ。
ビールは熟成によって美味しくなるように、何事にも時間がかかる。様々な判断も人間関係も、自然に逆らわず、時の流れに委ねることが大切なのだと思う。
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