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渡邉麻里子 翠山大学ZINEに寄せるエッセイ 

  • 執筆者の写真: Mariko Watanabe
    Mariko Watanabe
  • 18 時間前
  • 読了時間: 8分

 こんにちは、女将の麻里子です。

 さて、前の記事で渡邉格のコラムを公開しましたが、下記は渡邉麻里子が翠山大学のZINEに寄せたコラムです。


*****

なにをやっても、うまくいかない気がする。

なにをどうしたらよいのか、もうわからない。

こんな気持ちになったことって、今まであったっけな。

そういえばこういうのを「スランプ」というのかな?


「スランプ」と検索したら…

「壁にぶつかったら、少し休んでみるとよいでしょう」

って、書いてある。


そうです、私は今、本当はしばらく休みたい。

でも、休めないんだよねえ…。


*****


 2024年6月、私はSNSに上記のような投稿をしている。

 休みたいけど、休めない。それは、常勤スタッフを雇用しているために、事業を止めるわけにはいかないという意味だ。しかしそれから約1年の間に常勤スタッフはゼロになった。そして2025年春、私は、「休む」すなわち「立ち止まる」ことができる状況になった。

 何が正しいのか、何をしたいのか、何もわからなくなった。今までやってきたこと、それは「成功」と呼ばれるのかもしれないが、それらすべてが混沌としたドロドロの液体になったような感じ。

「これは蛹から蝶になる過程なのかな。」

ぼんやりと、そんな風に思っていた。


 思えば、2003年に渡邉格(イタル)と結婚し、同時にパン修行が始まってから、「田舎でパン屋を生業として社会起業家として成功する」という目標に向かって、ガムシャラに進んできた。ただ単にパン屋として有名になりたいというわけではなく、社会的意義のある仕事をしたいから、知名度を上げて発言権を得たいと望んでいた。

 そして思いがけず、2013年に出版されたイタルの著書「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」(講談社)がヒットして、私たちは大きな渦に巻き込まれていった。さらに同著が韓国でベストセラーになり、「タルマーリー」という店の名前が国内外で多くの人々に知られるようになった。

 しかし今思えば、それから私たちは『腐る経済』という成功体験に居着いてしまった。「勝ちに居着く」ということについて、武道家の内田樹先生はこのように書かれている。


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競争を通じてのみ人は能力を高めるという命題は真ではない。(略)それは私が「競争する人」ではなく、「修行する人」だからである。

武道修行では「勝負を争わず」ということを最初に教えられる。(略)負ければ負けに居着き、勝てば勝ちに居着く。そして、「居着き」こそは、修行上の最大の禁忌だからである。

修行というのは連続的な自己刷新のことだ。だが、「勝ちに居着いた人」はもう成功体験を手離せなくなる。「勝ちパターン」を繰り返し、他人にも「成功するにはこうしろ」とうるさく教えるようとする。そうやって「勝ちに居着いた人間」は成長を止める。

(信濃毎日新聞2025年7月31日)


*****


 『腐る経済』の出版以降、店への来客数は格段に増え、日々がお祭り騒ぎになった。しかしその舞台の岡山県から鳥取県智頭町へ移転するという、だいぶ異常な行動に出たタルマーリーはさらに世間から注目を集め、移転後もかなりの頻度でメディアに取りあげられた。

 そんな中で勝ちに居着いた私たちは、事業規模が身の丈を超えていくことを止められなかった。スタッフを増やし、それに見合う売上げを上げるためにパンの製造量を増やし、「地域社会の発展のために」という外側からの要請にも応えようと気負っていた。さらに『腐る経済』でマルクスの視点から掲げた理想的な労働条件を整えようと努力したが、それは労働者にとって押し付けがましいものでしかなかったのかもしれない。

 それからパンデミックを経て来客数はぐっと減り、お祭り騒ぎは終了した。それでも従業員と彼らの製造技術を維持しなければならない。そのために卸売と個人通販の事業を必死で拡大した。

 それまでに築いた“パン屋”としての高い知名度のお陰で、そのまま“パン屋”を事業の主軸にしていれば、恐らく経営は継続できただろう。しかし、地域の農産物と野生の菌で丁寧に作った田舎のパンを、都市に住む人々に宅急便で送る…ということが、本当に私たちがやりたかったことなのだろうか?

 何かおかしいと感じても、勝ちに居着いたまま既存の状態を維持できていると、自ら立ち止まることは非常に難しい。けれど私たちの心身が「ちょっと休んだ方がいいよ」と教えてくれた。イタルが糖尿病で入院し、そして私もかなりしんどくなり、最終的には「イタルとマリコ」という核だけがぽつんと残った。

 今になって思えば、いつの間にか私たちは「競争」の中で、いかに多くのパンを売って売上げを増やすか…というマーケティングに労力を費やすようになっていた。そしてタルマーリーは若い人々の「修行」の場でありたいと思っていたはずが、結局は「競争」の場でしかなくなっていたのかもしれない。

 人間はその渦中にいると、何が苦しみの原因なのかさえ見えなくなる。イタルの病が悪化していく中で、私たちは夫婦の信頼関係まで失いかけた。苦しさをお互いのせいにしてしまったのだと思う。結局、崩壊まであと一歩のところで辛うじて「家族」という一番大切な存在を守ることができた。


 こうしてやっと「勝ちに居着く」状態から抜け出した。これはこれまでのやり方を強制終了せざるを得ない状況になったからこそ可能だったが、ここから生涯抜け出せない人も多いかもしれない。

 私たちはただ幸運だったとしか言いようがないが、抜け出すために力をくれたのは「野生的な存在」だ。つまり、発酵菌と我が家の子どもたち、そして自らの身体である。

 タルマーリーはより良い発酵の場を求めて何回も移転してきたが、それは同時により良い家族の居場所を求める作業でもあった。商売を第一に考えるのであれば、同じ場所で同じ方法を継続して、投資した費用を回収していく方が良い。けれど私たちは、新しい場所で空き家を改修して整えた店や設備を、数年だけ営業した後に畳んで移転…ということを繰り返した。それは理屈ではなく、何か野生からのサインがあったからだ。そのときは言葉にならなかったけれど、今思えば、いつも最優先にしてきたのは家族の心身の健康だった。

 転換のヒントをくれる存在を私は「野生的なもの」と表現してきたが、それは「競争の原理で生きていないもの」と言い換えられるかもしれない。

 我が家の中に競争はない。そして私は、田舎で”職人的”な子育てをしたいと意識しながら暮らしてきた。学校の成績など定量的なもので子どもを評価するよりも、日々の暮らしの技をきちんと身につける方が大事だと思ってきた。

「勉強は大事だけど、お手伝いはもっと大事。宿題より先にお皿を洗って。」

といった具合に。

 そして職人として生きる力を身につけるためにも、湧き上がってくる知への欲求を満たすことも大事だ。だから子どもたちが「これをやってみたい!」と思ったときにすぐに対応することも私の役割と思って動き、そしてそれはとても楽しい作業だった。

 2人の子どもたちはどちらも、中学生のときに外国語に興味を持った。それも学校で学ぶ英語ではなく、娘のモコは韓国語、息子のヒカルはイタリア語をやってみたいと言った。学校の成績という競争原理とは別の、誰にも査定されない環境でのびのび楽しく学んでいく彼らは、まさに野生的に生きる姿をみせてくれる。そして今、モコは韓国に留学し延世大学で文化人類学を学んでおり、高校1年生のヒカルは来年の夏休みにイタリアの地方分散型社会を学びに行こうと計画している。


 そして我が家で最も野生的にしか生きられない人、それがイタルだ。

2024年秋、「勝ちに居着く」状態から抜けかかっているとき。これまでのやり方では無理だと心身が悲鳴をあげたとはいえ、これからどのように変化していけばいいのか…。イタルも私も不安で仕方がなかった。

 そんなときにふと思いついた、「智頭タルマーリー発酵研究所」。

 「パン屋」ではなく「研究所」なら、イタルがのびのび楽しみながらモノ作りができるのではないか。

 毎日安定して「商品」を作る。イタルはそれが最も苦手だ。彼が作ったモノを売る立場の私からすると、「お願いだからいつも同じ品質のモノを作って」と言ってきたのだけれど、彼は好奇心をおさえられずに毎日違う方法を試してしまう。そしてよく失敗して、欠品も日常茶飯事になる。

 そうだ、彼がやりたいのは「研究」だ。

 「智頭タルマーリー発酵研究所」というコンセプトを掲げたら、イタルはイタルらしさを取り戻し始めた。しばらく離れていたパン工房を丁寧に掃除して、それから酵母を培養し始めた。レーズン酵母、酒種、そしてヨーグルト酵母やライ麦のサワー種、全粒粉酵母…。それから製粉機を復活させて、地域で採れたライ麦や小麦を製粉し、パンの「研究」を始めた。


 こうして今、本来のタルマーリーが戻ってきた。さてそれで、私は販売や経営をする立場で、「研究」をどのように「事業」にしていったら良いのだろう?

 しかし何を隠そう、野生的にしか生きられない存在は、この私自身なのだ。昨年気づいたのだが、私はマーケティングにまったく興味がない。そしてつい最近気づいたのは、マーケティングの最良の方法は「自分を大事にする」ことだ。

 以前に疫学者の三砂ちづる先生がおっしゃっていた。

「やるべきことはね、“からだを整える”こと。私はそれだけでいいと思っているんですよ。」

その意味がようやくわかってきた。きっと身体を整えることで、自ずと良い循環が生まれていく。


 私は今、もうドロドロの液体ではない。まだ蝶になってはいないけれど、蛹の内側で何かの形ができつつあるような気がしている。いつ殻を抜け出して羽ばたくのか、それはわからない。

 いかに立ち止まることができるか。私たちはそのために「修行」を続けていくのかもしれない。そして人はいくつになっても、ときにドロドロの液体になったりしても良い。将来、翠山大学の学生さんに、そんな話ができる人間でありたいと思っている。

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