top of page
  • 執筆者の写真Mariko Watanabe

スタジオジブリの小冊子『熱風』2014年4月号に寄稿


「スタジオジブリ」の小冊子『熱風』2014年4月号に、タルマーリーオーナー・渡邉格(イタル)が寄稿しました。 『熱風』2014年4月号の特集は「人口減少社会2」。 ジブリさんからご依頼いただいた趣旨は、下記のような内容です。 ☆☆☆ 今回の特集は、反響が大きかった昨年10月号の特集「人口減少社会」の後、特別な才能や環境に恵まれた人の特殊な話ではなく、ごく普通の人々の具体的な取り組みや新鮮なアイデアをもっと読みたいという声に応えて、さらに深くこのテーマを掘り下げることになりました。 今も進む、地方の過疎化や産業の空洞化などに対して、新しいビジョンを持った人びとがどんなことに取り組み、苦闘を重ね、答えを出していったのかを紹介していければと思っています。 『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』を読み、非常に面白く挑戦的な試みをされていると思いました。 「儲けないこと」というのは言うは易く行うは難しと思いますが、そういう今どきの経済の罠にはまらず、理念を持ち、なおかつ机上の空論ではなく、見えない菌と格闘しておいしいパンを作っていることが素晴らしいと思いました。後に続く人たちへのメッセージになればと思っています。 ☆☆☆ そしてこの度、熱風編集部の方に了解を得て、webでも文章を公開させていただくことにしました。 下記にテキストを記載しますので、ぜひご一読ください☆ *************************************** 田舎のパン屋が見つけた「人口減少社会の働き方」 渡邉 格 パン屋が指摘するまでもなく、日本は2005年から人口減少社会に突入しています。 けれども田舎では、ずいぶん前から人口が減り続ける「過疎」の現象が起きています。 僕が妻の麻里子と営む「パン屋タルマーリー」も、過疎の町にあります。 岡山県北部の山間の町、真庭市勝山は人口8000人弱、毎年100人程度人口が減っています。 真庭市は昨今「里山資本主義」で話題ですが、市全体でも40年以上人口が減り続けています。〈注〉 そんな町で、僕らは6名のスタッフを抱え、2人の子どもを育てながらパン屋を営んでいます。 営業日は週4日、年に合計1ヶ月以上は長期休暇を取り、それでも経営は成り立っています。 僕らがパンに込める思いや経営のあり方は、『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(講談社) という本にまとめました。この本を土台に、その後に現在進行形で起きていることを含め、 「人口減少社会の働き方」について思うことを綴っていきます。 ◆パンを「正しく高く」売る 僕らが最も大切にしていることは、「正しく高く」パンを売ることです。生産者が手間ひまかけて つくった素材を「正しく高く」仕入れ、僕らも手間ひまかけてパンをつくる。そのすべての労働と、 家賃や減価償却などの諸経費を「正しく」価格に反映し、パンを食べる人にきちんと届ける。 要は、コストを正しく積算するということです。 言葉にすればこれだけですが、誰もが「あんパンは1個100円」と思っているところに、 それを超える値付けはとても怖い。その恐怖を先に乗り越えたのは妻でした。 「足し算を無視して店は成り立たない」と譲らずに、僕らのパンは平均単価400円になりました。 最近、妻がこんなことをよく口にします。 「商品の価格を決めることは、人生をデザインすることだ」と。 振り返ればたしかにその通りです。僕らが店を始めたのは2008年2月、それから6年商売を続け、 本を出すことができたのも、大好きなジブリに文章を寄稿させていただけるのも、「正しく高く」 パンを売ってきたからです。「値頃感」に合わせてパンの価格を決めていたら、労働を買い叩くか、 素材を安く仕入れるか、どちらか(あるいは両方)に手を染めざるをえません。仕入れ価格の安さ だけを追い求め、その裏に隠された過酷な労働条件や環境負荷に目が向かわなくなっていたはずです。 『人口減少社会という希望』(朝日選書)という本で、著者の広井良典先生は、 「労働生産性から環境効率性へ」 と提唱されています。いまの社会は人口が減る一方、慢性的な失業に苦しむ「人余り」の状態です。 そういう時代に労働効率のみを追い求めるよりも、むしろ、十分に人手をかけ技を磨き、 環境負荷を減らす働き方が、新たな価値を持つはずだと、田舎のパン屋は思っています。 ◆「菌本位制」のパンづくり 僕らは、何よりも「菌」の場づくりに手間をかけます。パンはお酒や醤油や味噌と同じ発酵食品、 「菌」の存在が欠かせません。現代の発酵食品は、ほとんどすべて、人工的に培養された 「純粋培養菌」でつくられますが、僕らは店舗兼住居の古民家に棲み着く「天然菌」でパンを発酵 させます。自然に育くまれた「天然菌」がのびのび生きていけるように、僕らは場づくりに勤しみます。 当初は千葉で開いた店を、湧き水を求めて勝山に移転したのも、古民家でパンをつくるのも、 すべては「菌」のため。生命の源である水は、菌の働きにも大きく作用しますし、 古い木材でつくられた古民家は、化学合成物質への耐性のない「天然菌」の棲家になります。 これが、「菌本位制」のパンづくりです。 「天然菌」は、有機物を分解して土へ還します。そのなかで、生きる力を満々と蓄えた作物には、 香りを高め、味わいを深める変化をもたらします。それが僕の考える「発酵」です。 反対に、生きる力に乏しい作物を、菌が急いで土に還そうとするのが「腐敗」です。 「発酵」も「腐敗」も、どちらも「菌」による働きというところがポイントです。 僕がこのことに気がついたのは、店を開いて3年が経とうとしていたころです。 「天然菌」でパンをつくろうとすると、有機栽培の作物が悪臭を放って「腐敗」することがある。 その理由は、動物性堆肥で肥え太らされた生きる力の乏しい作物にありました。 僕らはそのことに気づいて以来、無肥料・無農薬の「自然栽培」の作物をパンの素材に選んでいます。 このとき僕は、『風の谷のナウシカ』の「腐海」を思い出します。 汚れた大地を浄化する「腐海」のイメージは、僕が苦心の末に辿り着いた「腐敗」の理解とぴったり 重なります。僕は、修業時代も入れると約8年パンをつくってようやくそのことに気がついたのですが、 宮﨑駿さんは、日々菌と対話する職業ではないのに、どうしてその着想を得ることができたのでしょう。 いつかお話を伺うことができたら、と密かに夢見ています。 ◆いま、ここでしかつくれないパンをつくる 去年、僕らは念願だった製粉機を導入しました。地域の生産者がつくった小麦だけで小麦粉を挽き、 パンをつくる準備が整いつつあります(現在は九州の製粉会社から小麦粉を仕入れています)。 僕らが目指すのは、「いま、ここでしかつくれない」パンです。 ここ勝山の古民家で、地域の農家がつくった小麦と、この地で湧き出る水を使い、ここに棲む菌の力を 借りて、職人が技と手間をかけてパンをつくる――。フランス語に「テロワール」という言葉があります。 「土地や風土の力があらわれた味わい」という意味合いです。 テロワールが香り立つ、ほかの誰にもつくれないパンこそが、僕らの究極の目標です。 テロワール豊かなパンは、地域の経済循環をつくる「地域通貨のようなパン」でもあります。 パンのお代を地域の生産者に還流する。彼らは大地の生命力を育んでくれる。 だからこそ、僕らは「正しく高く」パンを売らねばならないのです。 とはいえ、ただ手間をかければいいわけではありません。たとえば、過疎の町で四六時中店を開けるのは あまりに非効率です。だから、週に3日は店を閉めます。朝3時過ぎに働き始めるパン屋は肉体的には ツラい仕事、メリハリをつけて働くためでもあります。 正直のところ、勝山への移転に不安もありましたが、僕らを勇気づけたのが、職人たちの姿でした。 この町にはモノづくりを大切にする気質があります。草木染めや竹細工の職人がいて、 200年の歴史を超える造り酒屋もあります。彼らがいきいきと働き暮らす様子を見て、 僕らも「ここで僕らにしかつくれないパンをつくろう」と腹を決めました。 僕は妻と、都内の農産物の卸売会社で出会いました。 仕事と生活の分断にもどかしさを感じていた妻が、 「出産も子育ても日々のご飯づくりもすべてが私のキャリアになる。 田舎で起業することは女性がいきいき輝けるひとつの方法」 と、最近よく口にします。 タルマーリーは、イタルがパンをつくり、マリコがパンを売ります。 僕は、妻のおかげで思う存分パンづくりに挑めます。 田舎は、家族の暮らしと仕事を豊かにつなぐことのできる、素晴らしい舞台です。 ◆「腐らない経済」から「腐る経済」へ 経営のヒントは、学生時代に読んだ『エンデの遺言』(NHK出版/講談社文庫)という本から 多くを得ました。著者のミヒャエル・エンデは、 「自然界のあらゆるものは腐るのに、この世でお金だけが腐らない」 と指摘します。 パン屋になった僕は、この言葉をあらためて噛み締めます。「腐らない」ことが問題なのであれば、 「菌」があらゆるものを土に還す「腐る」ということには、大きな意味があるのではないか……。 それが、パンづくりと経済をつなぐキーワードになりました。 「腐らないお金」が支配する「腐らない経済」ではなく、「腐る商品」を循環させる経済の方が豊か ではないか。そういう「腐る経済」を、小さくてもいいから田舎に築いていこう――。 僕の本の題名には、そういう思いを込めています。 また、僕はエンデの提案した地域通貨に大きな興味を持ち、実際に地域通貨を発行してみたことも あります。しかし、それは失敗に終わりました。 この失敗を経て、問題はお金だけにあるのではないと気づきました。 地域通貨で地域の経済循環を作り出したとしても、循環する「商品」の成り立ちを追及しなければ、 富は地域の外に流れていきます。本当の意味で地域を豊かにするためには、生産のあり方を とことん追及した豊かな「商品」を作ることが重要なのです。 人口が減少しても、人手をかけた豊かな「商品」がそこかしこに溢れれば、この社会は、楽しく 心地いい場所になるはずです。 広井先生の言うように、人口減少社会は希望に満ちた社会にできると、田舎のパン屋は確信しています。 〈注〉 真庭市は2005年に町村合併で生まれました。それ以前の人口は母体となる自治体の人口を足したものです。 (パン屋タルマーリー店主 わたなべ・いたる) <執筆者紹介> 渡邉 格(わたなべ・いたる) 一九七一年、東京都生まれ。23歳のとき、学者の父とともにハンガリーに一年間滞在。農業に興味を持つようになり、千葉大学園芸学部園芸経済学科に入学。卒業後、有機野菜の卸販売会社に就職。31歳のとき、パン職人になることを決意。二〇〇八年、独立して千葉県いすみ市で「パン屋タルマーリー」を開業。二〇一一年三月一一日の東日本大震災と福島第一原発事故ののち岡山県真庭市に移住を決意。二〇一二年二月、同市勝山で「パン屋タルマーリー」を再オープンし現在に至る。著書に『田舎のパン屋が見つけた「腐る」経済』(講談社)がある。


閲覧数:258回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page