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山陰中央新報コラム「羅針盤」第17回

執筆者の写真: Mariko WatanabeMariko Watanabe

 こんにちは、女将の麻里子です。


 さて、地元紙「山陰中央新報」の日曜一面のコラム「羅針盤」の執筆を、タルマーリー渡邉格が担当しております!藤原辰史さん、内山節さんら著名人が順番に執筆、2カ月に1回くらい登場します。


 第17回2024年10月6日掲載のコラムを、以下に転記します。


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 私は発酵に関わる菌を採取して培養し、パンを作っている。


 さまざまな発酵種の中でも「酒種」という、いわゆる日本酒を造るために必要な「麹(こうじ)菌」を採取するのが非常に難しい。その方法は蒸したお米を置いておいてカビるのを待つだけ(麹菌はカビの一種)なのだが、16年前に挑戦を始めて、これまで4回くらいしか成功していない。


 初めに起業した千葉県では採取ができず、それは自然環境汚染のためだと気付き、最終的には森の豊かな鳥取県智頭町に移転した。


 さらに、採取に使う米に窒素分が多いと腐敗するので、無肥料、無農薬栽培の米を使うようになった。


 多くの失敗の末に分かった必要条件は、健やかな環境下で、健全な土で育った農産物を使うこと。さらに温度と湿度も大事で、智頭では7~9月くらいまでしか採取できない。


 中でも最大の条件は、発酵に関わる人間の健やかな精神だ。心の状態が悪いと、腐敗菌が入り込む。初めは疑いながらも、この現象に合う度に、精神と微生物の関係は切り離せないと感じるようになった。


 さらにそれを確信したのは、昨年から続く現象からだ。これまで安定していたビールの酵母にまで腐敗菌が入ることが続いて気付いたのだが、ビールを造っているのは私であり、どうやら私が関わるものが腐敗している。ここ数年で悪化した糖尿病は、身体だけでなく心にも影響していることに気付いた。


 それまで私は、他人の精神状態を良くすることばかりを考えていた。しかしそんな努力の甲斐(かい)もなく、スタッフは次々に辞めていき、この夏から深刻な人手不足に陥った。それでさらに悩んだことも菌に影響を与えたのだろう。これまでは、以前に採取した麹菌を冷凍し、それで酒種を作ってきたが、それも今年いっぱいでなくなってしまう。しかしこんな状況で採取できるわけがない。


 もう来年からは酒種が作れない…と諦めていたのだが、先月からにわかに私の心身は良くなった。危機的状況に陥ったからこそ、改めて私たちが本当にやりたいことは何か、妻と話し合った。そして、今までやってきたことにとらわれず、来年から事業形態を大きく変えようと思い至った。


 すると、あれこれ妄想して楽しくなっている自分に気付いた。体調も良く、血糖値がそれほど上昇しなくなった。もしかしたら麹菌が採れるかもしれない、と直感した。すでに9月半ばだったが、まだ暑かった。早速、ワクワクしながら米を蒸し、麹菌を待った。


 すると、5日後にはきれいに採取できたのだ! これでこの先3年は酒種が仕込めると思うと、一安心だ。


 こうして私は、発酵に関わり20年をかけて、ようやく気付いた。他人を変えようとしたり、他人の評価を気にしたり、そんなことに躍起になっていたが、順序が逆だった。自分を変え、自分自身を心地よくしてあげるだけで良かったのだ。


 問題解決の方法は、小さなことを丁寧に積み上げる、ただそれだけだった。世界は捉え方一つで変えられる。目に見えない小さな麹菌に教えてもらった。

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