top of page

ドイツと日本 地域コミュニティ強化のコンセプトと実践例

  • 執筆者の写真: Mariko Watanabe
    Mariko Watanabe
  • 5月2日
  • 読了時間: 13分

更新日:5月3日

こんにちは、女将の麻里子です。

早速ですが、今年秋にドイツで出版予定の本、


"Kommunikative Orte für ländliche Räume - Konzepte und Praxisbeispiele zur Stärkung der lokalen Gemeinschaft aus Deutschland und Japan"

「地方におけるコミュニケーションの場-ドイツと日本の地域コミュニティ強化のコンセプトと実践例」


のために寄稿したエッセイを、こちらに掲載いたします。


この本は、2023年12月に東京の「ドイツ日本研究所」で開催されたワークショップ、


『Conceptualizing communicative spaces in rural areas in Japan and Germany』

(日本とドイツの地方におけるコミュニケーション空間の概念化)


で発表やディスカッションを行った研究者や実務家たちが、その後に寄稿した論文とエッセイをまとめたものです。


ワークショップの報告はこちら


なお、ドイツ語版が出版された後、日本語版と英語版も出版される予定だそうです!


今回は海外の読者を想定し、私個人とタルマーリーの軌跡をまとめました。そうした経緯を踏まえて今、過疎地でこそ学術的で文化的な活動が大切と考え、「智頭タルマーリー発酵研究所」へ転換しようとしている私たちの想いを綴っています。


お時間あるときに、ぜひ読んでみてください!


---------------------------


『学術的で文化的な場を目指す、田舎のタルマーリー』渡邉麻里子


私は夫と共に、日本で一番人口の少ない鳥取県の山間部で、「タルマーリー」という会社を経営しています。事業内容は、天然酵母のパンとクラフトビールの製造販売、そしてカフェとホテルの運営です。2人の子どもがおり、18歳の娘は韓国の延世大学に留学中、14歳の息子は隣の市の私立中学校に通っています。


私たち家族は9年前に、鳥取県の中でも過疎地である智頭町に移住しました。その頃に、ある雑誌の取材を受けたとき、私はこのように自己紹介をしました。

「私は東京出身ですが、子どもの頃から地球環境問題に関心があり、どうやって課題を解決していったらよいのだろう…と悩んでいました。また私は料理が大好きで食に興味があり、田舎での農的な暮らしに憧れていました。

東京農工大学で環境社会学を専攻し、環境問題への解決策として、持続可能な地域内循環について学びました。それで、自分もいつか田舎に移住して農産加工の事業を起こし、環境保全型の地域内循環を作っていきたいと思うようになりました。」

すると、インタビューしていたライターさんはこう言いました。

「地域との関わり方として、“そこに住む”という方法以外には考えなかったんですか?」

それを聞いて、私はものすごくびっくりしてしまいました。逆に“そこに住まない”で地域と関わる方法なんて、まったく思いつかなかったからです。

最近になって、“そこに住まない”、つまり地域住民ではなく外部の人間として関わる方法もあるのだな…とわかってきました。例えば研究者、コンサルタント、コーディネーターなどとして。

確かに、“そこに住む”=住民になると、田舎では都会よりも様々な地域活動に参加する必要があります。草刈りや掃除、祭りが定期的にあったり、町内会や学校の役員が頻繁に回ってきたり…。それに、都会では想像できなかったような封建的な社会制度やジェンダーギャップに悩んだりもします。

正直、移住者として事業を継続する中で、地域社会とのかかわりは難しい課題だと感じています。“そこに住まない”方が適度な距離感が保たれていいのかもしれない。あのときライターさんが言っていた意味もわかってきました。

しかしそれでも私は、この町の住民として事業と暮らしを継続していきたいと考え、模索を続けています。


東京で生まれ育ち、家族親戚もみんな東京近辺に住んでいて、どこか田舎に縁があるわけでもない…。そんな私がどうやったら田舎で農的な暮らしができるのか…。大学生のとき、真剣に考えました。

農家にお嫁に行く?それとも、農業や農産加工の会社に就職する?

私の通っていた大学には地方出身の学生が多く、

「私は将来、田舎で暮らしたい!」

と夢を語ると、

「田舎の地域社会は大変だから、都会生まれの憧れだけでは難しいよ」

と言われました。

確かに私は何も知らないので、それからはなるべく国内外の農村へ研修に行くようにしました。ちなみに、このときに未熟な私を受け入れてくれた農村の方々への感謝の気持ちから、私は今、タルマーリーに大学生など若者の研修生を受け入れる活動をしています。

そして結局、大学卒業後に就職した農産物流通の会社で、同じく東京出身で将来的に田舎での起業を望んでいた今の夫と出会いました。結婚してから彼は東京や横浜のパン屋で修業をし、私はジャムなどを作る農産加工場に勤務。そして2008年、千葉県の農村に移住し、パン屋を立ち上げました。


それから2015年に智頭町に辿り着くまでに、お店の移転を繰り返しました。なぜなら、私たちは野生の菌で発酵させる伝統的な製法でパンを作ってきたのですが、それは汚染の少ない自然環境の方がうまく作れるとわかってきたからです。

特に米と米麹から作る伝統的な「酒種」をパン用酵母として作っているのですが、その麹菌を自然界から採取するのが最も難しく、環境汚染に左右されることに気づきました。なので、東京→千葉→岡山→鳥取と、結果的に3回も移住し、この人口の少ない森の中の智頭町に辿り着いたのです。

農産加工業者として持続可能な地域社会をどうデザインしていくか。パン屋を起業した当初は、大学の机上で学んだ知識に基づいてモノ作りやビジネスを展開していこうとしていたのですが、実際にやってみると教科書通りにいかないことがたくさんありました。 

特に麹菌に関して、一般的な純粋培養菌を使う製法に関しては教科書がありますが、野生の麹菌を使う伝統的な製法についてはほとんど文献がなく、自分でやってみるしかないという状況でした。知識に基づいてやってみても失敗する…という経験を何度も繰り返していくうちに、多くのことを学びました。

結果的に、野生の菌でうまく発酵食品を作る条件は、次の3つであることがわかってきました。


1. 化学物質による汚染の少ない環境のもとで作ること

2. 肥料や農薬を極力使わない栽培方法で作られた食材を使うこと

3. 作る人々の身心の健康が保たれていること


このように環境指標として麹菌が有効だということがわかってきました。大学で学んだ知識よりもさらに踏み込んだ持続可能な世界を、自然界の麹菌が教えてくれたのです。


さて、智頭町の過疎高齢化は深刻で、私たちが暮らし始めた2015年に約7,000人だった人口は、1年ごとに約100人ずつ減っていき、2024年現在で約6,200人。今年、民間の有識者グループ「人口戦略会議」で公表された統計によると、智頭町は2050年までの30年間の「若年女性人口」(20代から30代の女性の数)の減少率が60.9%であり、「消滅可能性自治体」とされています。

事業を続けるだけでも大変なのですが、この町が消滅してしまったら…もちろん私たちは事業も暮らしも継続していくことができません。

それでは「若年女性人口」の減少率を食い止めるには、つまり若い女性たちが「智頭町で暮らし続けたい」と思えるようになるには、どうしたらいいのか…。

そこで私は地域の女性起業家たちと協同し、2020年に「智頭やどり木協議会」という町づくり団体を立ち上げました。男性中心の封建的な地域社会を、女性や若い世代も活き活きと主体的に暮らしていける町にしていきたいと願い、多くの社会課題を包括的に解決していくために活動を続けています。

具体的には、地域資源を生かしながら交流人口の数と滞在時間を増やすことで、住民が「当たり前」だと思っている地域の魅力に気づく機会を増やす、という取り組みです。実際に、この町を訪れた人々が暮らすように過ごすことができる、イタリアの「アルベルゴディフーゾ」(分散型の宿)というスタイルをモデルとし、過疎化とともに増え続ける空き家をひとつひとつリノベーションして機能を持たせていきました。そうしてこの5年の間に、智頭駅に近い伝統的な街並みの残る「智頭宿」というエリアを中心に、宿泊施設、藍染工房、カフェ、パン工房、オーガニックの食材や雑貨の買えるショップなどが次々とできていき、なんとなく目指していた形がみえてきました。

さらにパンデミックが落ち着いた昨年から、スタディツアーを開催したり、「智頭やどり木協議会」の活動に注目する人々の視察調査を受け入れたり、大学や他地域に招かれて講演をしたり、日米の研究者たちと論文を作成したり…と、様々な展開をしています。


ところで私たちはパン屋を起業した当初から、単に農産加工業をやりたいというよりは、いずれ自分たちの取り組みを学術的で文化的な表現にしていきたいと考えていました。そこで自らの思想や暮らしぶりを、SNSはもちろん、著書という形でも発信してきました。

2012年に夫の著書「田舎のパン屋が見つけた腐る経済」(渡邉格・著 講談社)を発刊。この本は日本でロングセラーとなり、世界各国(韓国、台湾、中国、フランス)で翻訳されました。特に韓国では思いがけずベストセラーとなり、その後私たちは日韓で講演活動も行うようになりました。

さらに2020年には夫婦共著で「菌の声を聴け」(渡邉格・麻里子 著 ミシマ社)を発刊。智頭に移転してからの取り組みをまとめています。


私たちの目標は、「野生の菌による発酵を起点とした持続可能な地域内循環をつくる」とともに、「モノづくりに取り組む職人の労働環境――さらに広げて言えば市井の人々の生活環境――をより良くしていきたい」ということです。自然環境と社会環境、両方の視点から持続可能な町づくりを目指すためには、自然科学はもちろん、政治や経済、文化といった社会科学からの見識も重要になります。

日本の農村部には大学がなく、文化的な施設や取り組みも少ないのが現状です。それによって、チャレンジ精神旺盛な若者たちは、より高い教育や文化の機会を求めて都会へ出て行ってしまいます。

私たちは農村での暮らしの質を上げるために、学術的、文化的な機会を増やすことがとても大事だと思っています。だから智頭で、若い女性たちも気分転換できるようなオシャレなカフェを作り、旅人がゆっくり滞在できるように一棟貸しホテルを作りました。そしてそうした場を、岡田先生山先生をはじめとする国内外の研究者や有識者たちと協同して、住民とともに講義を聴いたり、議論し交流したりする取り組みに提供してきました。今回私がこの文章を書く機会をいただいたのも、このような活動を通してセバスチャンさんが智頭町を訪れ調査を行ったことでご縁ができたからです。

大学や研究所のない田舎でも、アカデミックな人々が集まる刺激的な機会を作れるのだということを、私たちはこれからも地域の若い人々に見せていこうと思っています。


私は自分の子育てにおいても、『田舎だから教育の機会が少ない』という言い訳をしたくありませんでした。私は東京という、日本で一番多くの高等教育を受ける機会に恵まれた環境で生まれ育ったけれど、子どもたちは田舎で育つことになりました。むしろ私は幼い頃から、たまに田舎に行って海や山で遊ぶ方が楽しかったこともあり、自分の子どもたちは田舎で育てたいと強く思っていました。智頭へ移転したのは、この町にある「森のようちえん まるたんぼう」に息子を通わせたかったということも大きな理由でした。

彼らに高学歴を望んできたわけではありませんが、彼らが何かを「学びたい」と願ったときに、親としてすぐに対応したいと思っていました。それに、もしかしたら都会より田舎の方が恵まれていることもあるかもしれないと、あきらめずに探求しました。

娘が中学3年生のときに「韓国語を習いたい」と言いました。そこで私が町の方に相談したところ、すぐに教えてくれる方が見つかりました。その若い女性は鳥取県西部から智頭にお嫁に来た方で、鳥取県と韓国との国際交流を機に韓国語を勉強し始めたそうで、高い語学力の持ち主でした。娘はすぐに個人レッスンを受け始め、それから独学で学び続け、今年の春に韓国の延世大学に入学しました。彼女は文化人類学を専攻しているのですが、その理由は、幼い頃からアカデミックな人々と交流しながら親の事業を間近で見て育つ中で、フィールドワークの重要性を感じ取ってきたからかもしれません。

また、その姉の姿を見てきた息子が今年中学3年生になり、「イタリア語を習いたい」と言いました。彼は何よりサッカーが大好きで、さらにイタリア料理が好きで、いつかイタリアに行ってみたいのだそうです。それから私はすぐにイタリア語の先生を探し始めました。なかなかすぐには見つからなかったのですが、あきらめずに様々な人に声をかけていく中で、遂に先生を引き受けてくれるイタリア人男性が見つかりました。

彼はアーティストで、鳥取県大山で行われたアーティスト・イン・レジデンスに参加したことを機に日本人と結婚し、なんと息子の通う学校の近くにお住まいでした。こうして息子は今、毎週彼の個人レッスンを受け、イタリア語を楽しんでいます。


タルマーリーでは学問のみでなく、今年はアートの視点から新しい取り組みを始めようと計画しています。

食の作り手をアーティストと呼べるのかわからないのですが、しかし私は「タルマーリー」という“表現”を試みてきたと自負しています。

様々な表現者、つまりアーティストたちと協同した活動を通して、改めてこの地域の魅力に気づく機会を作れるのではないかと考えています。この豊かな環境の下でのびのびと自由に表現したり、他者の新鮮な表現に触れたりするときの高揚感を、地域の人々、特に若い世代と分かち合えるような場を作っていきたいのです。

具体的には、2つの取り組みを行います。

1つ目は、レストランのシェフを招いて料理を提供してもらうポップアップイベントです。6月には岡山県津山市の「リストランテ シエロ」のオーナーシェフとマダムを、10月には韓国ソウルの「Duomo Books & Cooks」のオーナーシェフをお招きします。どちらも地域の食材やクラフトを活かし、芸術的な料理を提供する素晴らしいレストランです。

2つ目は、アーティスト・イン・レジデンスです。10月の5日間、世界的に有名なダンサーらのアーティストグループをお招きします。この町に滞在し、歴史的な美しい街並みや、地域資源を活かした持続可能な農業やモノづくりなどの取り組みを見学・体験してもらいます。最終的に、地域住民を対象にしたダンスのワークショップの開催に加え、滞在の記録動画を作成していただく予定です。

※このアーティスト・イン・レジデンスは参加団体の都合により、中止になりました。


このようにタルマーリーを起業してから16年、私たちは田舎の住民として、目に見えない発酵菌にたくさんのことを教わってきました。

日本は「失われた30年」と呼ばれる経済停滞の中、政府は教育予算をどんどん減らしていきます。そして特に過疎の進む農山村では、研究やアートなど無形の文化に予算をつける余裕などないと考えている人が多いのが現実です。

それでも私たちは、学問や芸術、文化や美意識、そしてそれを通した人々の繋がりなど、目に見えないものこそが大事ではないかと考えています。そしてこれからも、“そこに住む”住民という立場で、地域の内側から、フィールドワークと社会実験を続けていこうと思っています。


-----------------------------------------


◆著者略歴 / 渡邉麻里子

鳥取県智頭町にて「タルマーリー」を経営。夫の渡邉格と共に、野生の菌で発酵させるパンとビールを製造・販売し、カフェとホテルも運営する。

大学では地域生態システム学を学び、食から環境問題に取り組む道を模索。起業後は主に地域の農産物を使った農産加工を行い、環境保全型の地域内循環を目指してきた。

さらに、過疎化する町の存続を目指し、2025年からは「智頭タルマーリー発酵研究所」と題し、事業の主体を研究、文化活動へ転換しようとしている。

著書に「菌の声を聴け」(ミシマ社)、撤退論(晶文社)。


◆Author's Profile / Mariko Watanabe

Owns and operates “Talmary" in Chizu town, Tottori Prefecture. Together with her husband Itaru Watanabe, she produces and sells bread and beer fermented with wild fungi, and also runs a café and hotel.

At university, she studied regional ecological systems and sought a way to tackle environmental issues through food. Since starting her own business, she has been mainly engaged in agro-processing using local products, aiming to create an environmentally friendly cycle within the region.

Furthermore, aiming for the survival of the depopulating town, from 2025 the company will be renamed the “Chizu Talmary Fermentation Research Institute” and is trying to shift the main focus of its business to research and cultural activities.

She is the author of 「菌の声を聴け」 (Mishima-sha) and 「撤退論」 (Shobunsha).

Comments


​店舗情報

営業時間・休日など、最新情報はInstagram、Facebookでご確認下さい。

◆カフェ/ショップ/ホテル

 Cafe / Shop / Hotel

〒689-1402

鳥取県八頭郡智頭町智頭594

>> google map

TEL   0858-71-0139

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagramの社会のアイコン
  • YouTubeの社会のアイコン

Copyright © タルマーリー All Rights Reserved

bottom of page