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  • 執筆者の写真Mariko Watanabe

タルマーリーの天然菌のある生活


タルマーリーの天然菌のある生活~地域内循環が子どもたちの未来を繋ぐ~

国際クレイセラピー協会(ICA)の会報誌【EarthVol.21】に、タルマーリー女将・渡邉麻里子のインタビューを掲載していただきました。智頭へ移転した今のタルマーリー、女将、母、渡邉イタルの妻としての思いを語っています。 下記が内容です。長いのですが、よろしければ読んでみて下さい。

Interview with Mariko Watanabe

【タルマーリーの天然菌のある生活】 ~地域内循環が子どもたちの未来を繋ぐ~ 私が「智頭町」に行こうと決めた1番の理由は「子どものこと」でした。主人はビールを作りたいという想いが強くて、私は自然豊かな里山で子どもを育てたくて。私も主人も東京出身で、千葉に移住しパン屋を始め、震災後岡山へ、さらに智頭へと、3回も移住しました。智頭への移住を決定的にしたのが、以前から存在だけは知っていた「森のようちえん まるたんぼう」でした。自然保育でありながら、働くお母さんが安心して預けられるようなシステムをきちんと持っている幼稚園で、「ここならぜひ預けたいな」と思いました。

◆森のようちえん 森のようちえんは園舎がありません。智頭町は林業で栄えた町で、町の9割が森林。まさにその森が園のフィールドとなっていて、子どもたちは毎朝、集合場所からバスに乗って自分達が決めたフィールド/遊び場へ向います。雪が多い日は雪遊びができる場所に、川で泳ぎたいときには川のある場所へという具合です。お弁当も子どもたちが、それぞれに好きな時に好きなように食べます。「お腹が空いたら食べる」というスタンスです。 園のスタッフは周囲の安全確保のほか、子どもたちを”見守る”ということに徹しています。金曜日には子どもたちが自分たちで火を起こして、野菜を切ってごはんを作ります。刃物の使い方から料理、山菜も自分達で採りながら名前も覚えていきます。年長になると自分用のナタやナイフを持ってきて、それで木を削って剣を作ったりします。 ようちえんだけでなく、智頭町に来てから、地域の人との関わりがすごく増えました。自然に子育てにも関わってくれて、たとえば近所に住むおじさんが、子どもたちを川や海へ釣りに連れて行ってくれたりします。自然豊かな環境と地域の人々の知恵が「子どもの学び」を自然に促してくれているんです。 この4月からは子どもたち2人とも智頭町立の小学校に通い始めていますが、智頭町に来て、仕事、生活、趣味、子育て、そして思想の全てが繋がった感覚が強くあります。分断されていたものがここにきて繋がり、循環する土台ができた感じです。 智頭町に来たときに嬉しかったのは、地域の方が「まあまあ食っていけるから大丈だよ」と言ってくれたことです。今までは「田舎といえどもそれなり現金が必要だし、けっこう厳しいよ」と言われることが多かったのですが、「米も野菜も川魚もとれるし、食うには困らないよ」って言ってもらえて、肩の力がすっと抜けました。そして、智頭町役場のバックアップがしっかりしていて、ほんとうに驚きました。全ての手続きがスピーディーで、小回りの効き方が半端じゃないです。役場も観光協会も応援してくれて、お客さまを連れてきてくれたりするのは、カルチャーショックに近いものがありました。鳥取県、そして特に智頭町は人口が少ない分、ひとり一人を尊い人材として大切にしようという思いがあるような気がします。これは人口が過剰に多い都会にはない温かさかなと感じています。 ◆グローバリゼーションからローカリゼーションへ 大学では地域生態システムを学び、環境社会学を専攻しました。環境問題への取組みとして、地域内のエコロジカルな循環を作ることの重要性を学んだのですが、社会人になって、これだけグローバリズムが進み、戦争や産業などで環境を破壊していく現実を目の当たりにすると、小さな地域での活動が本当に影響力を持ち得るのか、疑問に思ったこともあります。たとえば、100の農家がいるとして、10の農家が無農薬にするよりも、50の農家が減農薬にした方が環境負荷は減る…という議論があります。そこそこのことを皆でやった方が結果は大きく出るという考え方です。確かに理論的に考えればそうなります。でも実際に夫婦でパンを作り始めてみたら、"そこそこやる"よりも"トコトンやる"ほうが面白いかったんですね。「一部のパンだけを天然菌で作るというのでなく、すべて天然菌だけでパンを作る」というように、物事をつきつめていくと楽しくなって、しかも最終的にはとても楽になりました。もちろん苦しいことも多いのですが、何と言っても自然界の真実が見えてきたんです。今すぐに広い理解が得られないとしても、この何十年先、私たちの子どもや孫の時代に、「あーこういう生き方があるんだ、こういうことをやってきた人たちがいるんだな」と、定常型社会*の生き方のひとつとしてヒントにしてもらえたら、と思って取り組んでいる状況です。

◆天然菌 智頭町には、基本的に水、土、木といった、ベーシックインカムが自然界から得られる形が存在しています。そこに地域の人たちとの人間的な関わりがあって、更に「生きる技」がそこに伝承されています。 実際、生きていくのにほんとうに必要なものってシンプルだということを、私たちは天然菌に教えてもらいました。天然菌でパンを作るためには、パン工房だけでなく、作り手の生活からも化学物質を排除しないとうまく発酵しないんです。"天然菌だけでパンを作る"と決めてから、「いかに化学物質を排除するか」に生活そのものをシフトしました。「毎日シャンプーや石鹸でゴシゴシ身体を洗う必要あるのかな、歯磨き粉は必ずつけなきゃいけないのかな」と見直していくと、ものすごく生活そのものがシンプルになりました。一度、パン工房で除虫菊の香取線香を使ったら、うまく発酵しなくなったことがあります。それはもう死活問題ですから、いくら自然派の製品といえども防虫剤は使わない、食器洗いはお湯をベースに石鹸一個だけ置いてどうしても必要なときに使う~という感じにしています。そうしてみたら家族全員がほんとうに気持ちよくなって、下の子のアトピーも自然に治りました。必要なモノって、せいぜい、クエン酸や重曹、それこそクレイやお塩とかで充分で、スーパーに行ってもあんまり買うものがありません。こういう事に気付くきっかけというのは、たぶん子どもや自分の病気だったり、我が家では発酵の様子だったりします。ネガティブに捉えずにひとつひとつのきっかけをチャンスにしていくと、生きることがより楽になっていくんだなと感じています。 天然菌は昔、誰もが自分の家で採っていました。特に糀菌は日本独自のもので、各家庭で天然の糀菌を利用して、甘酒やどぶろく、お味噌などを作ってきたんです。 智頭町に移り住んですぐに「タルマーリーはこういう天然菌のパン作りをしていて、自然栽培(無肥料無農薬栽培)の素材じゃないとうまく発酵しないんです」というプレゼンテーションを地域の皆さんにしたら、「私たちは農薬を使っているけど大丈夫なのかい?」と心配してくれたんです。その後、町をあげて自然栽培を応援する体制を作り始めてくれて、実際に米や野菜の自然栽培に挑戦しようとする農家さんが出てきたり、智頭のビールが飲めるなら自然栽培でホップを作ろう、というように動き出してくれています。 「菌がそういっている」と聞けばなんとなく納得できてしまう世界があって、それがとてもおもしろいですね。これから、実際にどれだけ地域内循環を実現していけるのか、私達の力量が問われていきます。

今後は、タルマーリーの発酵技術を他の人も真似できるようにしていきたいと思っています。そのためには、言い伝えるだけではなく、明文化していく必要があるでしょうね。 特に天然の糀菌を採取して酒種を作る…となると、今は主人しか出来ないので、これから後継者を育て、更に技術を文献化していきたいです。天然糀菌を採るってどういうことか、菌の生態系はどうなっているのか、こういったことは私たちにとっても未知で、今は感覚だけで伝えている部分を具体的に体系化し、多くの人が理解できるようにしていけたらいいですね。 ◆タルマーリーの世界観 もっと言えば、「タルマーリーの世界観」を明文化したいです。地域の農家が栽培した小麦を自家製粉してパンを作る…といった「地域内循環」に加え、タルマーリーでビールをつくり、そのオリを酵母としてパンをつくる…というようなタルマーリー内部での循環もあります。それにしても、発酵やら製粉やらってマニアックでわかりにくいですよね。「実際、タルマーリーって何してるの?」という一般的にはよくわからない世界をきちんと整理して、文献にできたらいいなあと考えています。そんなに簡単な仕事じゃないですけれど。

今我が子たちは豊かな里山で、私たちや地域の人々の仕事や暮らしぶりを間近に見ながら育っています。地域のおじさんが米や野菜とパンを交換してくれたり、魚釣りや山菜採りを教えてくれたり。里山や川や海に行けばおかずは手に入る…という暮らしの原点を感じながら育っている。東京で生まれ育った私にとっては、智頭町のようなスモールに全てが繋がっている環境で「生きる」というシンプルな営みをイメージできている子どもたちが頼もしいです。この暮らしが彼らの財産だと思うし、将来は、田舎の資源と本人たちの才能を活かして物作りをしてくれたら素敵ですね。以前は子どもに跡を継いでもらいたいとは考えなかったのですが、最近はパンやビール造りを継いでくれたら嬉しいな…と思うようになりました。もちろん、親として子どもの選択肢は幅広く持たせてあげたいです。海外で何かを学ぶのでもいいし、田舎で早々に結婚して家族で暮らす…というのも凄くいいなあと思います。 タルマーリーはある意味、直感と想いだけでなんとかやってきました。主人がパン職人になると決めた時も「おじいちゃんが夢に出てきて、パン屋になれっていわれた」と言い出して、パンの作り方も何も知らない、本人はパンよりもご飯が好き、という状況でパン屋に修行に入りました。とにかく思い立ったらすぐに行動の人で、以前にも急に井戸を掘るといって、庭にスコップひとつで何メートルも掘って、結局失敗、ということもありました。最初は私も意味がわからず理論的に反対したりしましたけれど、何を言っても気が済むまでやらないとダメらしい…と諦めてからは、見守りながらサポートしています。彼の直感と行動力、その結果がおもしろくて、凄いなぁって、ずっと一緒に仕事していても飽きません。直感で動き、理論は後からついてくる。それがタルマーリーのやり方です。 ※定常型社会 「(経済)成長」ということを絶対的な目標としなくとも十分な豊かさが実現されていく社会

photo: Kazue Kawase(YUKAI) ■渡邉 麻里子(わたなべ まりこ) 「タルマーリー」女将。 1978年、東京都世田谷区生まれ。田舎暮らしに憧れ、環境問題に危機感を持ち、東京農工大学農学部で環境社会学を専攻。日本、アメリカ、ニュージーランドの農家や環境教育現場で研修。卒業後、農産物卸会社、農産加工場で通販、広報を担当した後、渡邉格と≪タルマーリー≫を創業。現在は、タルマーリー女将として、販売、企画、広報、経理、講演などを担当。10歳の娘と6歳の息子の母親として、田舎での職人的子育てを模索中。 ■タルマーリー 2008年に千葉県でパン屋を開業。天然菌だけで発酵させるパンづくりを実践し、発酵には自然栽培の素材がベストだと知る。震災後、より良い水を求め岡山県に移転。更に、パンで積み上げてきた技術を活かしたビール造りを実現するため、2015年鳥取県智頭町へ移転。廃園した元保育園を改装し、「パン・ビール・カフェ」の3本を事業の柱に、地域内循環の実現を目指す。「パンとビールを作れば作るほど、地域社会と環境が良くなっていく」経営を目標に、智頭の里山の恵みを最大限に活かした加工と、それを楽しむ場、タルマーリーの世界を構築中。 書籍紹介 田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 渡邉格(著)講談社 定価1,600円(税別)


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