地元紙「山陰中央新報」の日曜1面のコラム「羅針盤」の執筆を、タルマーリー渡邉格が担当しております!藤原辰史さん、内山節さんら著名人が順番に執筆、2カ月に1回くらい登場します。
第9回2023年3月掲載のコラムを、以下に転記します♪(第8回はこちら)
次回は5月14日(日)掲載予定です。「山陰中央新報」購読者の皆さん、ぜひ紙面をチェックしてください♪
-------------------------
2023年3月掲載
羅針盤 温暖化対策に有効な微生物
タルマーリー・オーナーシェフ 渡邉格
私はパン屋での修業時代、毎日大きなごみ袋二つ分のパンを捨てていた。もったいなくてやるせなくて、どうせ余るから夕方にパンを焼くのをやめた。すると上司から、「販売チャンスを失うから、常に焼きたてのパンを出して!」と怒られた。
あれから20年。タルマーリーではパンを捨てない販売システムを確立している。しかし日本の食品ロスは一向に減らない。農林水産省のデータではなんと、年間の食品ロスは522万トン。実にこれは、私たちのお米の消費量に近いという。
捨てられた食べ物はごみとして燃やされてCO2を排出する。これはなんとも、微生物への侮辱行為ではないか。微生物は地中にも地上にも、そして私たちの腸内にもたくさんいて、あらゆるものを分解して土に返し、持続可能な循環を保つために力を注いでいるというのに…。
土に返すルートは二つ、発酵または腐敗だ。微生物の視点に立つと、発酵とは、食べ物をよりおいしくして動物に食べさせ、腸内細菌が消化して土に返すルート。腐敗とは、最短スピードで直接土に返すルートだ。
野生の菌で発酵食品を作る過程で何度も腐敗を経験してきた私は、発酵と腐敗を決めるカギは、その作物が育った土にあることを知った。土の中での作物の根と「菌根菌」との関わり合いが大切なのだ。
菌根菌とは、植物の根に共生して生育する微生物の総称だ。菌根菌は土壌中のミネラルなどを吸収して植物に供給し、その一方で植物が光合成によって生成したでんぷんなどを受け取る。
しかし、農地で肥料をやったり、殺菌剤を使ったりすると、その共生関係は崩れてしまう。すると作物は、ミネラル不足や窒素過多によって腐敗しやすくなる。一方で、肥料や農薬を使わず健全な土で育った作物は、腐らずに発酵する。
例えば、同じように見えるリンゴでも、切って水と一緒に瓶に入れて放っておくと、無肥料無農薬栽培のリンゴはシュワシュワと発酵してくる。一方で肥料をあげて育ったものは腐りやすい。
もっと言えば、植物が光合成によって空気中のCO2からでんぷんを作り、それを菌根菌に渡して土中に固定するのだから、温暖化対策としてもこの共生関係は有効だ。
だから私たちは、無肥料無農薬栽培の材料を使ってパンやビールを作り、それを食べて腸内細菌に分解してもらい、土へ返す。
このように微生物はつながりあって、この世界を健全に保ってくれている。
現代のさまざまな問題を新しい技術革新で乗り越えようという動きもあるが、自然界の本来の力や先人の知恵を見直して改善する方法が、最も近道かもしれない。
Comments