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執筆者の写真Mariko Watanabe

山陰中央新報コラム「羅針盤」第11回



こんにちは、女将の麻里子です。


さて、地元紙「山陰中央新報」の日曜1面のコラム「羅針盤」の執筆を、タルマーリー渡邉格が担当しております!藤原辰史さん、内山節さんら著名人が順番に執筆、2カ月に1回くらい登場します。


 第11回2023年7月掲載のコラムを、以下に転記します♪


 次回は10月29日(日)掲載予定です。「山陰中央新報」購読者の皆さん、ぜひ紙面をチェックしてください♪

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2023年7月掲載

羅針盤 制限の多さ 独創性生む

タルマーリー・オーナーシェフ 渡邉 格


 2013年に出版した拙著「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」(講談社)が、思いがけず韓国で翻訳されベストセラーとなった。それから毎年のように韓国で講演の仕事を頂くようになり、今年も6月に1週間、ソウルと済州島(チェジュド)に滞在してきた。


 初めて訪れた済州島の中心部は都市化され、観光客でにぎわっていた。しかし食を中心に見ると〝いわゆる観光地〟とは違い、地域独特の文化がまだ残っていた。長きにわたり済州の台所として親しまれてきた「東門市場(トンムンシジャン)」に行ってみると、多くの出店で海産物や農産物が無造作に並べられていた。かつて日常にあったこのような風景が、どうして日本から消えてしまったのだろう。雑多な音とにおいが入り混じる活気を懐かしく感じた。

 私は「うまいだろう!」という強い押し付けのない食を好む。それはその地域の環境から自然に生まれる味だ。しかし旅先で出会った「最高の味」を家に持ち帰って食べてみると、同じ感動を味わえないことがある。一緒に食べた人々、建物、風景、気候など、その環境から得る全ての感覚から、味覚だけを切り離してしまうからだと思う。


 多様な環境から切り離された都市の暮らしでは、不足を補うためにより刺激的な味を求めていく。それはどんどん加速し、ある時から劣化の一途をたどる。原因は競争と経済の追求だ。


 私たちのような食の作り手は、顧客の評価を気にする。すると皆が無意識に「売れる味」を追い求め、結果的に市場に同質で刺激的な食べ物が増えていく。


 そして価格競争が始まる。しかし価格を下げるためには原材料費や人件費を削るしかないから、商品の質は劣化していく。


 競争の中でも生き残るため、新商品を出したり店構えやパッケージを整えたりするが、その流れで結局は街の個性までが失われていく。独創性と手間、その価値の根拠を理解する文化を失うと、街は競争に巻き込まれ同質化していく。


 「制約は創造の母である」という言葉があるように、独創性には制限をかけることが必要だ。私も新しいパンを開発するとき、ある原材料を使うかどうか迷ったら「使わない」という選択をしてきた。


 例えばパン生地に牛乳、バター、卵、砂糖を使わない。それでも深い味わいを出すためには、小麦粉など主要な材料を丁寧に選定し、手間をかけなければならない。


 結果、自然栽培や有機栽培の農産物を自ら加工して使うことになり、「環境保全コストを含んだパン」という価値の根拠も生まれた。さらには「他にはない、体になじむ味わい」と評されるようになった。


 「シンプルにすることが独創性につながる」とは、面白い発見だった。その街らしさを守るためには価格競争に巻き込まれないことが重要だ。そして、制限の多い田舎でこそ独創的な街づくりができる。今回の旅で、それを確信した。


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